So-net無料ブログ作成

NHKも民放も嫌い [徒然]

元々テレビっ子であったのだが、大人になるとテレビが鬱陶しくなってきた。鬱陶しい割には見ているとは思うのだが、同じことばっかり繰り返し見せられるとうんざりする。

最近は日馬富士がやたら出てきて鬱陶しかった。特に民放は横並びでどのチャンネルを変えても力士暴行事件の事ばかりやっていた。元々そんなに相撲が好きという訳でもないので、なんでそんな何度もやる必要があるのかと気分が暗くなった。

民放が同じ時間に同じニュースをしているのが分かったし、そういう時はNHKか録画したものを見ざるを得なかった。とはいえNHKが面白いものをやっているかといえば、その時々によるというのが仕方のない話なのだけれど。でもそのNHKですら短いながらも日馬富士が出てきて、ニュース的に流さざるを得ないのはわかっていても、もういいよと思ってしまった。


NHKが絶対的にいいというものでは全くなくて、書籍部門を外に逃がして暴利を得てNHK本体に還元していないとか、NHKの受信料を払っていないと民放にまで影響の及ぶB-CASカードの存在だとか(改善されたのかな?)、受信料を払っているにもかかわらずさらに金を取ろうとするNHKアーカイブスとか、NHK内部の怪しい金の使われ方だとか問題が多すぎる。

BSを別に金取るというのもよく分からんしね。それだったら民放しか見ていない人は受信料を払わなくてもいいっていう話になるのが普通じゃん。というか、公共サービスだからみんなが見られないといけないという押しつけがましい論理から、テレビを持っている人は見ていなくても払わなくてもいけないという状況になってしまっている。

まぁお金を払わないと見られないという状況にしたら、みんなが民放だけでいいやという状況になってしまって、高齢者以外はNHKを見ないという状況になりかねんから、それだけはNHKは死んでもやらない。今どきいろんなメディアがあるんだから別にNHKがなくてもいいとは思うのは確か。

元々税金でどうして賄わないのか分からないよな。報道機関に独立性がないと政府のプロパガンダばかりになってしまうのだろうけど、それは民放が攻撃して批判すればいい。そうしたらもっとみんな見なくなるわなw。そういう前提で無駄に別に受信料を取っているのだろうけど、今はただの言い訳に過ぎなくなってきてしまっている。


そして最近は一番問題で視聴率を気にしだしてしまっているのも問題。独立して価値があるけどみんなは見ないものを作るのがいいところだったのに、やたらバラエティ番組が多くなって見やすくはなってはいるけれども、NHKの存在価値がさらに目減りしてしまっているのは厳しい。一番NHKスペシャルがそれほど面白くなくなっているのも問題。


あ~最高裁で判決出たけどNHKに金払わないといけないらしい。NHKが腐れていても口も出せないし、金だけは取るという状態になった。というか今までと変わっていないんだけどね。放送法を盾にとって搾取とか信じられないな。弾劾する機構も全くないし、自浄作用なんて東大出の人間に求めようもないな。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

部屋がとっ散らかっているので整理したい [徒然]

古い雑誌を処分しようと中を見ていたら、ノートパソコンが横長じゃなかった。そういえば、テレビ画面と同じXGAの画面比だったんだよね。今はみんなテレビの横長化と一緒にみんなノートも横長のパネルになってしまった。そういや今は仕事場でしか4:3のディスプレイって見ないな。

それと必ずと言っていいほど光学ディスクドライブが付いていたんだよね。USBでブートできるものがほとんどない頃には必須であった。今ではノートに光学ディスクドライブが付いていないのも普通になったけど、CULVノートが出てきたあたりからやっとドライブが無くなりだしたんだよね。

でもAppleは調子に乗りすぎてデカいノートにさえ光学ドライブを取り除いて薄型化した。薄くすればいいってものじゃないと思うのだけれど、MacBook Airで味をしめてしまったのだろう。今でもBlu-rayを搭載したモデルはないし、DVDドライブ付きモデルも売ってるかどうか…。まぁそれでも困らない現状があるわけだけれども、それでも選択肢はあった方が良い。まぁMacの発展が切り捨てにあるのは重々承知ではあるが、サードパーティに任せるというのもどうなのかなと思わないでもない。


クリアフォルダは公私ともに良く使っている。仕事でもやたら使うし、家でもクリップやホチキスを使わずに保存できるのはいいと思った。でも欠点が一つだけあった。いや、探せばいくらでもあるのだろうが、使っていて痛い面があるのだった。

それは横に積み重ねるとある程度のところで雪崩ることだ。滑りが良くて取り出しやすいとか利点でもあるのだが、平積みの書類の中に挟まっているとそこからずれて困ることがある。基本クリアフォルダは縦置きを前提にしているのかなぁ。

クリアフォルダの中にも良し悪しはあって適当に大量に配布されているクリアファイルとかはうっすい。しばらく放っておくと背の折れた部分が切れる。やっぱりコスト重視で柔いものを使うのだろうね。どうせ多くの人は取っておくなんてことはしないんだろうし。企業のノベルティグッズなんかでは無駄にがっちりとしたクリアフォルダとかあるけど、あれは逆だよね。長い間使ってもらって企業名を知らしめるためなのかな。


普段、整理整頓しておく癖をつけたいのだが、整理したいときに場所と同じものがたくさん揃っていないとか色々な問題があってキレイにしまえない。整理整頓が始まってしまうとそこそこ片付くんだけど、それも片付ける場所や整理する道具があってこそなんだよね。一番の解決法が捨てる事だったりするわけだけども、せっかく買ったものや地道にそろえたり書いたりしたものって捨てられないんだよね。

そんなわけで棚が欲しい。金属のあみあみの棚が一つあるんだけど、すぐ塞がってしまった。本棚もいくつかあるんだけど、本も捨てた方が良いかなぁと思ったり。どうせブックオフでは値段が付かないし、創●学会に寄付するようなもんだから積極的にはやらない。断捨離が流行った時期があったけれど、そこまで極端にはならなくても捨てることをもう少し考えた方が良いな。それと読んでない本はまず読んでどうにかするのが必要。読んでなくて場所とって捨てられないとか手詰まり感がある。

というか、古本屋さんってしばらく行ってないな。近くになくなってしまったし、読みたいマンガも新刊で買うしね。文庫本は買うし、ハードカバーは公共施設で借りることがほとんど。本は読んでも忘れるから、たまには読み返すことはあったり。でも、そんなに何回も読む本はない。

貧乏が板に付いてはいたけれど、技術的な本とかは結構買っている。知人に言わせると技術系の情報なんてググればいいんじゃないかと言われたけれど、ググって解決するのは個別の事項に関するものがほとんどで、体系的な情報を得るにはやっぱり本が必要かなと思っている。


子供からの問題なんだが、終わったら片づけないというのも問題だ。手元に置いておきたいと思って放置する。元に戻すのが面倒で放置する。ダメな子供が大人になった感じで、そういうマメさは全般的にないよなと思う。というか、そういう風に神経質にやってたら今の自分でなくなる気はする。

男は多くはそうなのだけれども、収集癖がある。普通は集まった時の事を考えずに集める。そこまで集めようと思って集めてないし、集めようとしても途中でぽしゃることも多い。でも、大人になると資金的に困ることが少なくなるので、結構な規模で集まってしまう事も多い。デスクトップパソコンは中身が収まっているのだけでも4台もあるし、実際使っているのは二台くらいで、結局ストレージにNASがあったりとどうにも収まり切れてない。趣味だから仕方ないが無駄は多いなとは思う。

とにかく部屋を整理したい。今年中にいろいろどうにかしたい。といってもやれる時間って年末はないよね。物があって掃除ができていないのは体にもよくないし。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

パクリかオマージュか [徒然]

作品においてパクリかどうかというのはよく言われることで、いつの時代になってもそれはあるという事だろう。ただ、普通にカヴァーしている曲を知らずにパクリ扱いして周りから散々叩かれるという事を見た。しかし、それに便乗して、パクリだという奴はその他にたくさん類似作品があるからその一つだ、と言い張るやつも見かけた。僕はそれも的外れではないかと思う。カヴァーでもオマージュでもないパクリは存在する。本質的にはパクリなどないと言うのはそれほど間違ってはいないが、やっぱり悪質ともいえるパクリはあるのだ。そして、広く深く見聞があるものでも、オリジナルとなるものを知っていないものでも、これはまずいなという気分の悪さを感じることになる。

気分が悪いと言わないまでも、既視感を与えるのは得策ではない。とりあえず、今期のアニメから言うと「クジラの子らは砂上に歌う」がかなりパクリ作品に近い。一言で言ってしまえば、「貴志祐介の新世界よりをジブリ世界のひょっこりひょうたん島でやってる」という非常に身もふたもないものになってしまう。そこそこ楽しく見れてはいるんだけど、非常に既視感が強いのだ。テレキネシスを使うマンガなんていくらでもあるし、ディストピアで原始的に細々と暮らしている世界観なんていくらでもあると言えばそうかもしれない。でもこれだけ近々の時代で多くの部分が類似するのはパクリと言われても仕方がない。パクリと言ってこき下ろしたい人はいるとは思うけど(若い人は特にそうなんだろうけど)、そういうのじゃなくて同じもの見てもオリジナルの方が良いよなという苦言である。

オープニングはいいとしてエンディングの音楽が、新居昭乃と極似というのもいただけない。新居昭乃と保刈のコンビの曲とエモが同じだなというのが初見の印象だった。まぁ何回聴いても大して印象は変わらないのだが、基本こういう曲は嫌いではないので流し聞きはしている。パクリとは言わないまでも印象が非常に似ていると言わざるを得ない。それが良いか悪いかは別として。

音楽でパクリとかいうのは日常的に行われていて、コード進行ぐらいならまだいいものを、サビをまんま使うみたいな馬鹿をする人もたまにいる。サザンの桑田が朝ドラのオープニング曲で、Go Westのサビの丸パクリをしているのは記憶に新しいところである。

あんだけ売れていても露骨にパクるのがあ音楽という世界であったりする。

ただパクリかどうかの判定は難しくて、カヴァー曲ならまだしもそれはそういうジャンルだからパクリとかじゃないんじゃというのもある。

Bruno Marsで有名になったこの曲だけど、盗作だと言われて後から訴えた人をクレジットに入れて事を収めたという事があったそうだ。いや、そりゃFunkというジャンルで特定の曲のパクリじゃねーだろと突っ込みが入っていたりはしたのだが、訴訟を起こされて面倒なのは嫌なので穏便に終わらせたらしい。そういう意味では桑田佳祐はVillage Peopleに訴えられても仕方のないレベルだったりする。

良くオマージュは敬意を払っているとか何とかいうけれども、払ってようと払っていまいと類似作品なのは変わらないことなので、作っている方が言ってるだけに過ぎない。でも、こういう作品があって好きなんで似た作品を作ったよと公言するのは、黙ってパクって金銭を得るよりかマシだし、見ていて気分が悪くなることは少ない。

サイレントメビウスは世界観と話がブレードランナーまんまという事であったが、それは周りも了解済みでやっていたことだと思うので、パクリといってもオマージュと言っていいものだったと思う。でも、やっていることは盗作なので、ファン的な作品なんだよと周りの了解が得られるかどうかがカギになっているのじゃないかなとは思う。やっぱり言わないでパクるのはマズいなというところだろう。


コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

精神的にドどん底w [徒然]

病気が悪化して精神的にもどん底だったのですが、とりあえず連休で癒すことにします。ともあれ、リフレッシュする方法も大してないので、これより下回らないことを祈るばかりです。まぁなるようにしかならないわけですが。

ともあれ、通院もあるのでずっと引きこもっているわけにもいかず、外に出るとダメージを受けがちなのですが、疲れが抜けないのは辛いなぁという感じです。歳なのかなぁ。食べた後、吐き気がするとかあんまり若い頃にはなかったんだけどなぁ。紅茶の飲み過ぎで気持ち悪いとかはよくあったんだけど、ドロッとした系統の食べ物があまりよくなくなった気はします。あとでせりあがってくる感じ。

大体、寝て大体のことは治っていたのですが、それも回復力があまりなく、ケガにしろ精神にしろ長引く傾向にはあります。世のお父さんが休日ごろ寝をしているというのも分からない話ではなくなってきました。人生半分も過ぎると守りに入ってきちゃうんだよね。色々な諸事情で攻めていく感じではなくなっている。

やった方がいいことは依然として存在するのだけれど、きっちり優先順位をつけてやれていない。モチベーションも上がらないし、精神が摩耗して切迫度が減ってしまっているというか。ストレスはたまりやすくはなっているけれども、ストレスに対する反応は鈍っているのかもしれません。だから、事が大きくなるというのもあるのかもしれません。

ここでいいことをお伝えしたいというか、ためになることを書きたい気はしているのですが、やれることは他の人がしていることが多いので、別に広告収入で食っているわけじゃないのでいいかなと思ったりはしている。主に吐き出すところなので、それで何とかという気はあまりしていない感じではある。

それやっちゃうとかかりっきりになって、リアルの生活が更に疲弊してしまうのできっちり稼げるのでなければやりたくはない。税務署に申告するのもしんどいし。まぁ日にPV1000件行くか行かないかぐらいのレベルだったら何かやってもうれしいことは特にないのだろうしね。

これからはWebGLをやり直そうと思うのと、Windows10でUbuntuを使って何かやりたいと思っている。あと、アニメも地道に見たい。ただのBD-R焼き職人に成り下がっているから、録るからにはきちんと見たい気はしている。あぁ今期は、「クジラの子らは砂上に歌う」と「魔法使いの嫁」と「少女終末旅行」を継続して見ています。あとおにゃんこぽんw

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

時事ネタとか [徒然]

日馬富士が同郷の力士をビール瓶で殴ったとか殴ってないとか、どうでもいい事でもめている。素手でやろうとビール瓶でやろうと頭をケガさせた傷害事件であることには変わらないだろ。そんなの力士の倫理観以前の問題で、モンゴルだってどこの国家だって同じだ。

でも、格下の力士がむかつく言動をして手を出したくなるのもわかるよなぁ。てめえ死ねと思うような言動を平気でする奴はいるからな。でもなんか状況からするとけがを偽装した感じもしている。どう考えてもケガの具合からしてすぐに病院に運ばれるレベルなのに、次の日に握手して従業していたとかいう話もあって、そういうつまらない争いはモンゴルに帰って内輪でやってくれという気持ち。


子供がなりたい職業としてYoutuberがランクインしていて笑った。まぁ面白おかしくダラダラ放送して金がもらえればいいなと考えるのも分からんでもない。実際にYouTubeでそういうのを見たことがないのだけれど、テレビで断片を見ている限りでは、小学生の悪ふざけの延長だなという印象。そりゃ、小学生が想像しやすい職業だよな。

でも、ガチでやろうとする子供は中学生になるとぐんと減るだろう。というか、小学生でもやろうと思えば親がスマホを持っていれば今ならできるんじゃないかと思うのだけれど。まぁ専門学校で教えているぐらいらしいから、本気でやろうとしたらそこそこ大変なんだろうけどな。そこいらへんの完成度と面白さっていうのはそこまで比例しないのだろうとは思うんだけど。というか学費が足が出てしまいそうな気がする。


自分もたまに言ってしまうんだが、「逆に」と逆でもないことを言う前に言ってしまうのはまずいなと思った。テレビで見ていると俺は人とは違う事言ってるんだぞ、みたいな雰囲気を醸し出したいのが感じられて恥ずかしい。それと人の意見を否定することにもなりかねないので、実際逆でも逆にって言わない方がいい。


トランプ大統領が思いのほか上手く振る舞っていていつものような破たんがない。というか、どちらかというと外遊の際に本来的な問題が出てくることが多いのだが、今回は逆でお行儀良くもできるんだなぁと一応ビジネスマンとして生きてきたのを垣間見えた気がします。

あんなに毒舌をはいておきながらTwitterは放置していて、他の至極まっとうな文化人のアカウントを凍結したりする。意味が分からない。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

もっとやるべきことがあるんじゃないかと [徒然]

ブログを書いていて、もっと優先的にやるべきことや、しなくてはならないことがたくさんあるのではないかと思った。ブログは結構長文になりがちだし、習慣的に書いているから費やしている時間は少なくない。

パソコンを使う理由として多くの意味があるわけだけど、パソコン自体、有効的に使っていないとは思う。本体を作って満足なところがあるし、本当はそれを使って何かをすることに意味があるんだけどね。

部屋を片付けたいし、読みたい本はあるし、アニメは見れてないし、やりたいこともやらなきゃならないこともできていない。病気が元でできないところもあるのだが、それを盾にしてやらないというのも言い訳をしているようであまりうまくない。一番損をするのは自分だし。

モチベーションを高くして仕事をしている人はすごいと思うよ。それが好きな事だけをやっているのならまだしも、そうじゃなかったらなかなか凄い事だよね。世の中好きな事だけして稼ぐ事なんて無理で、それができるのは一握りだから地道にやっていくしかないのだけれど、頼まれていないのに自己顕示欲だけのためによくやるやつはいる。そういうのは反吐が出ることもよくあるわけで。好きな事なら誰でもそこそこやれるんだよ。

やりたくないこともやれてないなぁ。嫌々やっていると当然のように進捗は悪くなる。という事はずっと悪いのか…w。心身症という言葉があって、心が病んでくると体にも不調が出てくる、みたいなのだと思った。ストレスで胃腸が悪くなるのはともかくとして、体が痛いとか普通は心理的に作用しにくいところまで痛くなったりするらしい。運動も足りてないからそういうのもあると思うんだけど、体の調子があまり良くない。

気晴らしが必要とは思うけど、病気的にそういう方向に行かせるのは難しい。基本的に内向きにしか向かないので、マイナスがプラスになることはなく、静かに0になるのを待つしかない。しかし、結局ストレスを受け続けないといけないので、なかなか上向くことすら難しい。

周りの人には悪いとは思うけど、がっつり仕事に打ち込むのは難しいよなぁ。期待はされてはいないけれど、最低限のところはやっていきたいとは思っている。やっぱ年かなぁ。肩が重くて背中が痛い。背後霊か何かでお祓いで取れるんだったらどんなにいいことか。でも、そうじゃないんだよなぁ。色々な不摂生はわかっているからねぇ。そこまで悪い無茶なことをしていなくても、若い時のように健康な生活はしていないからね。やっぱり運動不足が一番悪いんだと思う。分かっていてもできないんですよ、色々あって。

ちょくちょく名前がよく変わるブログ、と称しているけど最近変わっていないじゃないか、と言われてもしょうがないね。もう変えるのも面倒になってる。薬の副作用でエブリタイムねむねむなのです。


コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

生きているのがしんどくなる世の中で [徒然]

9人を殺したサイコパス事件で、死にたいと思っていた人はいなかったと言っているらしいが、自殺志願して行ったのにどうして死にたくなかったか。

それは死にたいほどしんどいけど、実際に死にたいわけではない、という事だろう。死んでしまった方がいい気持ちにはなっているけれど、死ぬのは本当は嫌だと。そういう人を殺すこと自体は、生きたいと思っている普通の人を殺すのと何の違いもない。

生きていることに疑問というか懐疑的になるのは当然のことで、本の売れ筋もそういう関係の本がわりと出ている。

九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

  • 作者: 佐藤愛子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/08/01
  • メディア: 単行本



九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/08/06
  • メディア: Kindle版


90歳になっても生きていること自体に言及しないといけない作家がいるってことは、死ぬまでそういうのは続くことになるらしい。まぁ日常的にギリギリに生と死を考えないといけない人っていうのは少なくなってはいるけれども、寿命や病気で実際死ぬという直面は増えてくるのは間違いない。

以前文章で売れたものの漫画化というものも売れているらしい。

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

  • 作者: 吉野源三郎
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2017/08/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

  • 作者: 吉野 源三郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/11/16
  • メディア: 文庫


マンガで安易に読めるのはお気楽だが、内容としてはかなり人生にクリティカルなものになっていると思う。昔、文章版を読んだ気がする。

まぁ宗教がたくさんあるように、一本道でこれさえやっておけば間違いない人生の生き方なんて存在しないわけで、苦しい思いをして生きている人も多い事だと思う。ともあれ、死ぬことが生きていて成し遂げられる事を達成できるわけでもなく、現実的な解決策にはなってはいないところがまたつらいところだ。

ただ、生きていても仕方のない状況というのもわずかにでも存在するわけで、そのために安楽死の是非がずっと問われてきていたわけだ。というか、日本の医療が意味もなく生命を維持する事だけに特化してしまったのが面倒なことにしてしまっている気はするんだが。

それと割と若年層が死にたいと思うのはちょっと違う。本当に望みがないのかと言われれば、他人から見れば大体はそんなことはないことが多いし、本人にとってはそれ以上先に進めないような状態に陥ってしまっていること自体も否定はできない。だから、困難自体を無くすことはできなくても迂回させてあげる手順を踏むこと自体はできるんじゃなかろうかと思うんだよね。

自分の心が強いと思っている人は、そんなのは甘えで自分で立ち上がれと言うのかもしれないけど、世の中には制度的に補助がない上に立ち上がれない人はたくさんいるんですよ。そして自称強いと思っている人でも、酷いケガや病気はしないとは限らないわけです。それでも立ち上がれる人は放っておくとして、自分が弱い立場に立たないとわからない人たちがほとんどなわけですよね。まぁ自分が普通にできたこともできなくなるという状態は想像してもできないことだとは思うけどね。普段は想像する理由がないもの。

日本は根本的に生きていることをエンカレッジする社会ではない、と思う。社会主義的で保障的にはイギリスの次くらいに手厚い国かもしれないけど、生きたいと思わせる助力というより、死なないように生かすという仕組みでしかない気がするんだよね。基本、日本の法令ってのは実際問題と乖離して形骸化しがちではあるんだけど、そもそも人間が幸福に生きるにはどうした方がいいかという点が欠けている気がする。

お金がないから生活保護や、病気になったから健康保険というのも大事なんだろうけど、気落ちしているような人をエンカレッジして自ら生きていこうと思うようにする方向性ってのが、宗教とかその他のへんな利益団体にゆだねられてしまっている。国の在り方ってのはそうじゃないだろと思うんだよね。だから、国民から文句が出にくそうな北欧の国のような仕組みにあこがれる。少なくとも日本では「保育園落ちた日本死ね」と言わせているようなレベルの低い国であることは間違いない。

石原慎太郎やっぱクズだな。ゲスインテリ。お前が日本から去れよ。都政を食い物にしていたやつなんか誰も引き留めねーよ。
https://matome.naver.jp/odai/2146004648005779501
愛国主義と国の在り方がごっちゃになっている。こういうわけのわからない老人は金を使わずに人生を速めに閉じてほしいものである。老害としか言いようがない。

生きていることに希望が持てる生活ができる場所を求めているのであって、こういう腐れた老人を維持するために存在する日本ではないのである。先のない老人を生かす前に、先を困っている人間の問題を解決しないのは国家として本末転倒である。国のための人民だと考える人の方が北朝鮮でもどこにでも行けよと言いたい。堺屋太一も全国に飛行場作れとか言い出して、その通りやったら使われない飛行場が日本各地にできたという酷い経歴を持っている。国を無駄に疲弊させて良く恥ずかしげもなく公共の面前に出てこれるよな。そういう意味では、石原慎太郎も似たようなものだが。

老人はすぐ死ねと言っているわけではないが、たくさんの老人を支える若い人達が不平不満を言わないような社会にしていくのが、結局年のいった人も満足できるような社会になるというのが分からないのだろうか。というか、自分の子孫の生活がどうでもいいと思うような非国民ははよ死んだほうがマシだろうけどな。一番悪いのは単なる利益誘導の手先になっている政治家や官僚なんだろうけど、堺屋太一も石原慎太郎もどっちも悪い典型であった。

コメント(0) 
共通テーマ:

面倒臭い奴は消えてしまってほしい。 [徒然]

いつまで従軍慰安婦で国家的に金をせびり、それをふいに何度もし、海外にまで喧伝し、変な像を立てるのか。それが日本人の心証をどんなに悪くしているか分かっていないのが酷すぎる。

結局、北朝鮮も韓国も日本の敵であることは戦前から何も変わっていないんだなと思う。こっちは争うつもりはさらさらないのに、無駄に突っかかってくるのはうざいとしか言いようがない。敵対する必要はないと思っているが、特段仲良くしたいという理由もない。経済的には韓国がすっぽりなくなっても大した問題はない。ほんと放っておいてくれないかな。気持ち悪い。

トランプが行ったときにも、全然現状と関係ない慰安婦と会わせたり、竹島のエビに勝手に名前をつけて違法支配している領土を主張したり、そういう場じゃないだろとツッコミを入れたくなる状況。その上、市民団体が戦争の火種になるからトランプを来るなと言ったりする。危険を顧みずきてくれてるのにそりゃないだろ。

そもそも日本と仲良くできない国が、好戦的な北朝鮮と仲良くできるわけないだろw。というか、腰抜けな対応が北朝鮮をあそこまで増長させてしまったのを分かってないのも頭が悪い。本当にすんなり融和政策がうまくいくのであればとっくに平和になっているのではないのだろうか。本気で朝鮮が統一できるとか思っているのかな。

それにしても、いつまで従軍慰安婦で金を取り謝罪を求めるんだろう。いくらやっても謝罪の言葉があっても認めないとか何やっても無駄じゃないか。もう無視するしかないとしか言いようがない。世界でも文化的に受け入れられている日本が、韓国だけには戦争をネタに揺すられているわけで、韓国だけ何でと思わざるを得ない。スケープゴートにするものがないとダメなくらい国がダメなのか?

中国は自分の利益だけを考えているという点で傍若無人なのはわかるんだが、韓国は人格障害的に日本は悪いみたいなことを戦争が終わって半世紀以上経つ今になって言うのがわからない。もうおじいちゃんのやったことをネタに強請るのはやめてほしい。というかお前ら従軍慰安婦以外に言う言葉がないのかよ。うざい。ただただうざい。反省を見せようにも許さない人間にできるわけがない。ただ韓国人は日本人をやり込めたいだけなんだろうな。

世界の国の中でいくつも戦争があって、たくさんの惨たらしいことがあった。でも、みんな大人だから国内で反感があっても、第三国にまで行って悪口を言いふらすとか子供のやることみたいで恥ずかしい。まぁ平気で整形をする国だから、そういうことも恥ずかしいとは思わないんだろうね。

許すつもりがないのなら、過去に国家予算以上につぎ込んだ金を利息付きで今すぐ返してほしい。もう都合の良い財布ではないし、これ以上金を浪費する余裕は日本にはない。隣の国が仲が悪いのは良くあることなんだろうけど、国民性が粘着質すぎてドン引きである。自分の国がどういう風に見られているかとか考えてないんだろうな。そのくせ自分の容姿を美容整形までして変えるというわけのわからない国民性。もう永遠に分かり合えることはないんだろうな。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自殺願望の人が世の中にどんなに多い事か [徒然]

どの局のニュースを見ても9人の自殺希望者の猟奇殺人でウンザリしますが、どうやったってTwitterとか履歴の残りそうなもので人集めとか安易すぎるよなぁ。きちんと証拠を残すために使っていると思えるほどなんだが、今の若い人はそういう事を念頭に入れられないほど頭が弱いのかな。とはいえ、全くホワイトなネットの使い方をしている人っていうのもほとんどいないわけで、正確な証拠だなんだと考えて使っていたら、まともにネットなんて使えないわけで。

それにしてもネットで死にたいと言っている人がこんなにも多いのかとちょっと驚いた。風俗のスカウトという職業上の利点があったにせよ、簡単に女がホイホイついていくとはメンヘラ女がたくさんいるっていうのは社会構造的にどうなのよと思ったりもする。

死にたいと思うのも、ネットで喧伝するのも勝手だし、実際に死ぬこと自体も生きること以上に面倒な事であることも少なくないから、そういう事を考える事自体は否定はしない。でも、安易に死にたくないなぁと考えるのと同じように、死にたいと思って死ぬのはどうかと思う。どうにも生きていくことに困難さがあるとか、死ぬことでしか解決しない状態であるなら仕方ないとは思うけど、色々考えてもいないのに死ぬ方向にもっていくのは安易すぎる。

リストカットは何でするのかと思っていたのだけれど、ただのかまってちゃんの過激な表現方法ではなかったらしい。当人はそのことに関して他の人に気にしてほしいわけじゃないとは言う人も多いのだけれど、跡を見た人にとっては気にしないってことはないので、やった後に人に分からないところでするとかしてほしいんだよね。いちいち気を回したり、知らぬふりをしているのもしんどい。流行りでそこをやっているのかもしれないけど、腕にやる必要ってないし腕じゃあまり死ねないし死ぬつもりもあまりないっていう事だし。

生きていくのは誰にとってもしんどいものではあるけれども、境遇やそれから感じ取る困難さというものは人によってかなり違っているのは確かだ。困難を感じなくすることしか、死んで解決することには基本的にはない上に、人が生きている前提で起こる面倒があることを考えないといけない。まぁ若年層が死にたがる訳は、解決策が限られている上に、死ぬこと自体の与える影響を考えられないことにあるわけで。

というか、死体を解体することをいとわず人を殺したいと考える人自体も、あまりにも自分の生に関して馬鹿ポジティブっぽいよな。そういう積極性を死にたいという人に分けてあげてほしいくらい。というか、こういう事件はやたら日常で見たくないし、テレビつけるとニュース時間帯で見るものがなくて困るのだが。まだトランプの毒舌のほうがマシ。

コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

眠れない時はマインドフルネスで [徒然]

仕事でどうにも解決しない事があって、寝るときにまでその事ばっかり考えて眠れないことがあったりする。寝入りばなはモノを考えることが少なくなるので、そこに嫌なことが入り込んで寝られなくなる。あえて寝ないという選択肢もあるのだが、次の日の事を考えるとそうも言ってられない。

そんな時にはマインドフルネスがいいかなと思って、ググって思い出してやってみた。自分が息をしているとかを感じながら、心に浮かんでくる迷い事を適当に受け流す。どうしても考えてしまうのですが、何度も収まるのを待っていると、頻度も少なくなる。あまり激しくない音楽をかけながら、それをあるがままに受け入れているうちに眠ってしまった。結構すぐに起きたけど、2,3時間寝れたし、無理して起きているよりかマシだったと思う。

禅から宗教色を抜くという方法は成功していると思う。ある種のメソッドとして確立している感じはするのだが、誰でも簡単にできるというのはいいことだ。過度に金をかけたり、努力を要したり、そういうのは根本的にダメなので、効果が出ればいいものですよね。

本来なら思いつめた状態でやるよりか、日々のゆるい感じでやる方がリラクゼーション効果は高いと思う。当面のストレスを解消するというより、普段の状態を丸みを持たせるというか、対処療法的なメソッドと違うような気もする。西洋医学的な薬と違って、比較的優しく効く漢方薬みたいな感じ。ガチの風邪の時に葛根湯を飲んでも効きが悪いだろうしね。

やっぱりストレスというものは根本的に原因を取り除かないと、基本的に解決しないものなのかもしれない。それ関係の資格試験を受けて、ストレスコーピングをいくつか学んだけど、気晴らしをするとか、リラックスするとか、問題を変えていくとか、本来取り除けないものをどうにかする方法はいくつかあった。だけど、実際に直面するとそんな余裕ないよね。だから、実際の仕事や生活などで具体的に取り除く作業がないとなかなか厳しいものはある。

なるようになると開き直る頃になると既に問題は解決していることも多い。時間が来ないと解決しないことも結構あるんだよね。まぁその時間が過ぎることに苦痛があるわけだけど、そういうのは自分を優先的に処理してくれることは稀だから待つしかないんだろう。変にアピールするのもなんだしね。

まぁある程度の仕事をしていると悩みも出てくるのは必然だし、あまりに引っかかる場所が出てきてしまうのは他の人のせいであることも少なくない。なかなか他人は動かないので、自分で説得するか上からトップダウンでやってもらうしかない。何にしても厳しい感じはする。

コメント(0) 
共通テーマ:仕事