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バイアスと一般的な意見 [web]

ネットで日傘をさしている人は大抵ブスだみたいなことを言っている人たちがいて、色々反論やらがあった。ブスは認めて、アンチエイジングも許されないのか、見たいな事も書かれていて痛々しかった。

自分はそれほどブスが多いとは感じなかった。世の中7割以上はブスか普通の顔しているんだから、日傘をしている人は異常にブスが多いとは感じなかったし、大体日傘をしている人の顔は良く見えないことも多い。最近はそうでもないが、日傘をさしているのはおばちゃんという印象があった。

日傘をしているんだから見えない裏は美人なんだろうなという無意識なバイアスがかかってしまい、見たときにお前が日傘指すなという理不尽な考えに至ってしまうのだろうが、やっぱりステレオタイプな見方は恥ずかしいなと思うわけで。まぁ多くは偏見の目で見ているということなのだろうけど、まぁ一定のイメージというのは割りとあるのかもしれない。日傘差していようが差していまいが世の中の美人の量なんて限られているのである。

本当の一般的な意見の総量と、その人の抱くイメージは大体ズレている。意見の平均が正しいというわけではないが、それなりにバランスを取るとすると基準にはなる。事実と外れていても、その時の勢いで流されることだって多い。特にネットでバイアスがかかった噂や意見が流布されると、それに乗っかってしまう人間も多くなる。酷い例になるとアメリカでトランプが大統領になるとかそういうことだ。

普通考えたらそうはならないだろう、という一般的な意識の人と公平ではなく歪んでいるが主張が強い人間がぶつかったら、後者の方が勝ちやすい。偏ったものが勝った後、おかしな状況になったら一般人が反発する力は強いのだが、そうなる前に押さえつけるというのは、それはそれで偏った行動なわけで事前に防ぐことができないのが犯罪と同じところだ。頭がおかしい人間にお前おかしいよと言っても大体は逆効果だし、そんな被害を受けそうなことは誰もしない。

ポリティカルコレクトが人間の直情に反しているからそういうことになるのだろうけど、人間が生の感情だけでやっているとしたら社会が成り立ち得ない。ある程度の常識の範囲内で動くことが求められていて、それに鬱屈してしまうような人間がポリティカルコレクトから離れるというのはあると思う。ただポリティカルはポリティカルであって、文化やその時々の常識に比べたらあまり適合しないことというものもあるのだ。そこが難しい。

現在では一般的ではない意見もまとめページを乱造したりして、事実をどうしても捻じ曲げたい偏った人間がいるらしい。トランプはサイバー攻撃やら何やらで大統領の地位を勝ち得たわけだが、今みんなに叩かれているようにまともではないのは確かである。そういうまともだと思われない人間が優位に立てるのが今のネット社会なのだろう。プロパガンダをお手軽に個人的に行えるひどい世界だ。しかも、それを見て信じてしまう人も少なくない。

ただマスコミがまともだとは言えないし、スポンサーの言いなりになっているのは間違いないことだけれども、一定の客観視ができてそれが多くの客観視ができる人が見ているという点ではわけの分からないネットの記事よりか百倍まともだ。政府と結託するような読売新聞や、政党が言いたいことを言っている新聞もある。だけど、立場がはっきりしているという点においては、責任の所在がある程度あるということは重要だと思われる。ようは真実の担保が必要なのだ。現実がどうあろうとも、それが彼らの真実として出されていると認識できるということはひとつの論拠となる(肯定するにしても否定するにしても)。

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