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Yukiの呪いって曲は全然呪いっぽくないのだが [徒然]

超自然的な現象は、現象自体以外は怪しい理由などは信じない。もし呪いというものがあったとしたら、死んでいる人よりも生きている人間の働きかけなんじゃないかと思うし、多くは自滅コースを歩んでいるだけに思える。

だけど長く生きてきて呪いみたいなものはやっぱりあるよなぁと思ったりはする。それは超自然的でもなんでもなくて、遺伝による病気とか形質の伝播などのことだ。親のいい形質も悪い形質も突然変異などを経て遺伝するってのは、ある種の呪いのようなものだと感じる。

今は寿命が長くなっているから、昔は気にもされなかった病気が大きく影響してくる。死んでしまえば起こらなかったことが起きてそれに抗おうとしてまた事を大きくしている気がする。

遺伝も含めて呪いがあって怖いとは思うけど、それよりも人間がする行為の方がよっぽど大きいし影響を受ける。それに呪われてたんじゃ自分からはどうすることもできないし、受け入れて行くしかないのだろう。今テロで大注目中のイスラム系だけど、病気とかになってもそれも神の思し召しだとするらしい。みんな神のせいだから、この先どうして行くか考えようという方向に向かいやすいみたいだ。

確かに生きて行く上では割り切って、原因探しとか過度に嘆き悲しむことをせずに先に進んだ方がいい場合も多い。だけど、そのために宗教というイデオロギーに全身を捧げることなんて多くの人ができないことなんじゃないかと思う。年末にクリスマスやって、お寺の除夜の鐘を聞いて、神社に新年のお参りに行くような日本では、特に実質的無宗教の人が多いので神様のせいだと割り切れるほど寄っかかってはいないことが多いだろう。

多くは親の宗教を継承するわけだが、それは違うと思ってやめたり、こっちの方が信じられると鞍替えする人もいる。まぁその人の意思とは言え、親がやっているからやるというのは、親が巨人応援しているから巨人ファンというのと大した違いはないのではないだろうか。自分も親の趣味から大きな影響を受けたけど、嫌いなものは大嫌いだったりするので、そこのところは自分で取捨選択した気分にはなっている。続けるのもエネルギーのいることだから生暖かく見守ってはいたけれども、それが何かの妨げになっていたとしたら残念なことだなと思わざるを得ない。宗教家がどんなに背伸びしても取れないノーベル平和賞を取ったマララさんじゃないけれども。

何にしても自分のプラスになるのはいいことだとはいえ、他人のマイナスだけにはならんようにしてもらいたいものだね。でも、大体の宗教をはじめとするイデオロギーは大きな代償を払うほどの価値があるのか自分で確かめてから精進してほしい。人間の文化の一つだから弊害があったとしても一定の役割は努めてきたんだし。Plain living, High thinkingでいけたらいいと思う。

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