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Ubuntu14.04LTSから16.04LTSにアップグレードで少し泣いた。 [Linux]

デスクトップ環境でLTSからLTSへのアップグレードをしたのだけれど、案の定問題が発生。そう上手くはいかないのが世の常。というか、大した理由もないのでクリーンインストールすればいいのだが、なんとなく試してみたくなった。

do-release-upgradeすればいいのね〜ふんふん〜とやっていたら途中でエラーが出て止まる。あ〜事前にapt update&&apt upgradeするの忘れてた〜。再起動してみるとデスクトップが起動しなくなっていた。んも〜面倒臭いなぁ。というかただ単にデスクトップ環境があった方がいいなと思っていただけなのに〜。そこは以前GPGPUをやろうとしてかなり環境をいじくった後なので、まともにアップグレードできる環境じゃないことは重々承知だったんだけど、はじめのお作法を忘れては何にもならない。

ん〜かなり待っているのだけれどうんともすんとも言わず、最後にはHDDへのアクセスも途切れてしまった。これはクリーンインストールが妥当かなぁ。クリーンインストールするにもISOをDVDに焼かないとダメだろう。それにしてもWindowsXPが死蔵されているマシンって、どうでもいいけど使えない感じ満々である。でも、何か必要かもしれないと思って置いておいたパソコン感がひしひしと伝わってくる。XPの他にもいつのバージョンだかわからないDebianも入っている。どうしようかな。使えないで放っておくのもなんだしなぁ。

Debianもそうなんだけど、Ubuntu14.04を取って置く意味は全然ない。もうGPGPUはやめてしまったし、GPU自体も他のパソコンへ移動させてしまった。しかし、Desktop Ubuntuはしばらく入れてないなぁ。Unityやめたんだったっけ。GNOMEがいいよ、普通がいいんだよ。まぁ面倒が一番少なくて汎用性があるのが一番なんだけどね。jessieって何だ? DebianはToy Storyのキャラクター名をコードネームにしているんだよね。あ〜カウガールのあの子ね。現行のディストリビューションってのはどうなっているんだろう。一応入っているものでもメンテされているみたいなんだけど、それもできたら新しくしちゃいたい。何気に現行のバージョンであった。LTSだと2020年まで行けるらしい。Ubuntuとかとそんなに変わらないじゃないか。

Debianもapt update && apt upgradeしたら、GUI画面から入れなくなってしまった。何だろね〜。ハードディスクは動いたまんまなので何事かやっているんだろうけど、何しているんだかはCUIよりもわからない。だって何の断りもないんだもん。こういうところは商用のOSとは違うところで、無口で無駄にユーザーを不安にさせるんだよなぁ。まぁ商用でもタイムアウトもせずにずっと立ち往生の時もあるけれども。一時間くらい放っておきます。というか、DebianもUbuntuの生みの親とはいえ、色々とユルいところは否めないな。

UbuntuがDebianの融通の利かないところをいいとこ取りして成功したわけだけど、はじめはDebianのことに触れていなくてむかついた。Debian側でもむかついている人はいたみたいだけれども、実際DebianのGPLなどの縛りは使いにくかったし、妙なところに力を入れるからそういうリソースの力点的な意味でも正直使いやすいとはいえなかった。そのところを解決したのはUbuntuは上手かったし、Debianに敬意を表していないところ以外は特に問題なかった。

その後はデスクトップの政策が迷走してしまい、モバイルのほうに出て行こうとして完全に失敗した。まだFirefox OSの方がましだったかもしれない。結局iOSとAndroidの二強になってしまっているわけだが、Androidも改めて低スペック版を出してきて磐石な感じだ。Androidのアキレス腱になっているのは、マルウェア対策と偽Javaのライセンスとメモリ使用量だろう。第三のモバイルOSが叫ばれたわけだが、結局みんなポシャっちゃった感じはある。何だかんだでLinuxを使わなくてはいけないのは、Androidと一緒でARMで動くOSってのも後はWindows10ぐらいしかないのかもしれない。

OSSのOSはCUIがメインなこともあって、それほどGUIのスマホに向いているとは言えないのではないかと思う。要するにGUIラップするのが面倒なのである。やっぱりそこいらの開発はお金もスキルも集約的な体制を持っていないとどうにもならないんじゃなかろうか。ある程度の高いGUIを実装できるレベルの高い人間と、それを実証するための多くのテスト人員を揃えなければならないというところではなかろうか。それを実現できるリソースがAppleとGoogleにはあったということだろう。まぁGoogleはほぼパクリなわけだが、今のスマホはAppleとMSの功績によるところが大きい。

何でMSと言われるかもしれないが、昔からスマホを使っている人にとっては、案外MSがハンドヘルド機の古参であることはよく知っているだろう。それこそPalmとかのPDAの時代からやっているので、そこそこ実践を積み重ねてきていることは確かだろう。AppleのiPhoneがいきなり出てきたと思われがちだが、感圧式のタッチパネルから考えるとスマホの一番最初ではないはずだ。静電式のタッチパネルを全面に採用して、指で操るスタイルはほぼ完全にAppleが発明したも同じようなものだろうが、それらをみんなパクッたのでエポックメイキングだと感じられがちだけども、その他の機能は既存のものをブラッシュアップしたものも多い。

何にしてもARMはわが世の春だなと思わざるを得ない。スマホのほとんどがARMのライセンスがかかったSoCを使っているのだから、ソフトバンクは滅びることはあってもARMはしぶとく生き残っていくであろう。ARMが設計図を売るスタンスだから、どの会社も何がしかの形で作ったり使ったりしているわけで、低消費電力がここまで重く響くとは誰も思っていなかっただろう。だってPowerPCだって電力性能比は高かっただろうし、MIPSだってあったわけだ。一人勝ちになる理由は自分では物を作らないというファブレスにあるのだろうが、それにしたって設計だけで何とかできると思った人はすごいなと思うわけで。

クラウドにしたって逆の立場ではあるものの似たようなもので、ハードウェアとソフトウェアを管理してくれて、安易にユーザーが使えるようにしている点においては分業という文脈としては間違っていないだろう。ファブレスのファブ部分だって設計をせずに製造を請け負うだけの会社だってあるわけで、世の中は垂直統合じゃなくてサービスの切り分けなんだと感じている。良かれ悪しかれ全部自分でやる時代は終わっていて、それに付随するサービスをハードとかに一緒に売るとかじゃなくて、サービスそのものを売るようになってきているんだろう。切り分けとパッケージングということだろうか。目的のための手段を売らずに、楽な方法で目的に直結させる。まぁ切り分ける場所によって住み分けができてくるってことで、それをユーザー側が選べるようになってきているということなんだろう。

そういうわけでコンピューターは最終的には、スマホとか今流行りの音声認識のインターフェイスに変わってしまい、パソコンなんて仕事をするときぐらいにしか使わなくなるんだろうなと思っている。少なくともサーバレスな世界は来てしまっているのだから、少なくとも家にサーバを持つなんて趣味的にしか存在し得なくなるだろう。と言いつつ、サーバを立てて運用していたりして。今はNASやハードディスクレコーダを動かしておいて、外から視聴するとかあるみたいだが、そういう特殊な使い方以外は家に高性能で高機能なコンピュータは必要なくなるんだろうなぁ。

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