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小室哲哉と宇多田ヒカルと洋楽懐古主義者 [音楽]

マツコの知らない世界で、久しぶりに小室哲哉を見た。爆発的に売れた後、イキリすぎて消滅していたのだろうが、また稼ごうと出てきているみたいだ。いつものマツコデラックスのツッコミ具合が小室様神様みたいなデレぶりに変わって気持ちが悪かったw。僕は個人で売れている頃の小室哲哉の音楽が大嫌いで、少し違う音楽を聞きかじった人はみんな嫌っていた。ただし、売れ方を見ていても当時のメジャーは小室につんくであった。そのことを理由にしたわけではないが、余計に日本に目をつけず洋楽に深くはまっていったのは実際のところだ。

小室の音楽を聴くと暗い気持ちになっていたというブログに、私もそうだったとTwitterで賛同していたら、第三者がそれはないでしょう、なんて突っ込んできた。お前、自分がメジャーだと思うのなら、昔思っていた気持ちすらも否定するんだな、と気持ち悪く思っていたのだが、実際にそういう人がマジョリティにはいるのだ。マイノリティからすればそんなのいいお世話である。小室やつんくで暗い気持ちになる人間だっていたのだ。それなのに、そんなことないでしょうと言うんだよ? どれだけ傲慢なんだよ。

どっちにしても、日本で売れている曲なんて聞こうとも思っていなくても耳に入ってきたし、どれも歌謡曲の延長だと思っていた。小室が売れたDepartureなんて英語の題名だけど、音楽の中身殆ど演歌じゃん。良く言って歌謡曲の範ちゅう。それがわかっていない人は音楽を聴く価値がないし、演歌だせえとか思っていてもその人間の中身は歌謡曲に染まっていたのだった。


自分を客観視できない人はさておいて、小室哲哉が終わったと思った時が、宇多田ヒカルが出てきた時というのが笑った。それまで売れて鼻高々だったらしいが、ほぼ洋楽のR&Bが小室を粉砕したわけだ。彼は歌詞が理解できないと行っていた。It's automatic. 何が自動なんだ?とか言っていたけれども、宇多田がネイティブスピーカー並みの英語を使える事も俎上にあげていた。小室だけじゃないけど、なんとなくかっこよさげなので英語を歌詞に混ぜる人は多いのだけれど、それが身についた英語かどうかはほぼない人が多い。小室の英語力は中学生並みなのはみんなから指摘されていたし、実際後になって小室も反省していたところらしい。

という自分も洋楽を聴いていて、ノリでいいなと思っていたけれども、実際に細かく歌詞を見ていると感動するものでもないなというものが割とあったりする。そこのところはネイティブか歌を聞いてすぐに何を言ってるのかわかるレベルじゃないことに残念さを覚えるが、日本でこうして洋楽を聴いているのも悪くないなと思ったりはする。多分、日本で日本の曲を聞き流していたように、洋楽も聞き流していた可能性はあるからだ。

結局のところ、何か自分の環境の外に求めるものがあるという青臭い感情があっただけなのかもしれないが、それはそれで皆大切にするべきものなんだろうなと思う。だから、自分しか好きじゃないと思えるような趣味でも続けていくことは、大衆に迎合することよりも非常に価値があることなんだと思ってほしい。ノルウェイの森の永沢さん(だっけ?)みたいに、人と同じものを見聞きしていると同じ考えしかできなくなるというのは本当のことだった。そんなつまらない人間になりたい人はみんなで仲良くやってください。そしてくだらない過去はどんどん忘れていくのです。

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